福島・京都・神戸「八重の桜」ゆかりの地完全ガイド

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襄と八重が過ごした保養地・神戸を歩く

新島襄・八重夫妻が結婚生活を送った、神戸の「八重の桜」ゆかりの地を巡ります。

八重の桜ゆかりの地・神戸に見る新島襄と八重の足跡

 諏訪山公園
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1888~1889年(明治21~22)、新島襄と八重は諏訪山公園の近くに家を借りて住んでいました。

当時、諏訪山公園は神戸の和楽園と呼ばれており、六甲山系山麓の高台を利用した都市公園となっています。二人がここに住んでいたのは1年ほどでしたが、滞在していた理由は新島襄の病気療養と、同志社大学設立のための寄付金集め、神戸教会などとの交流が目的であったとされています。

八重の手記によると、この付近には何もなかったため、ふたりは縁のところで空気銃で的を撃ち、数取りなどをして遊んでいたようです。しかし、数取りではいつも八重が勝っていたとのこと、なんとも八重らしいエピソードです。

 神戸教会
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1874年(明治7)、11名の信徒によって設立された西日本最古のプロテスタント教会が神戸教会です。もともとは摂津第一公会として元町5丁目に誕生しました。

神戸教会のルーツは、宣教師デイヴィスをはじめとする、同志社教育に携わった人々が主催した集会にあります。宣教師デイヴィスは同志社創立を担った教員の一人であり、八重にキリスト教の洗礼を施したことでも知られています。

ちなみに、新島襄と八重の結婚式も、デイヴィス邸で行われました。

神戸観光での宿泊におすすめ・有馬温泉郷

八重の桜ゆかりの地・有馬温泉神戸の「八重の桜」ゆかりの地を巡るとき、兵庫県神戸市北区にある有馬温泉まで足を伸ばすと、二人の神戸での生活をより深く追体験できます。なぜなら、有馬温泉は襄と八重が療養したといわれているからです。

有馬温泉は、関西の奥座敷とも呼ばれる日本三古湯の1つ。江戸時代の温泉番付では、当時の最高位である「西大関」に格付けされていました。

神戸という都市にありながら、六甲山地北側・紅葉谷の麓にある温泉街は山深く、多くの自然に囲まれているのが特徴です。

有馬温泉は、「金泉」「銀泉」という2種類の温泉があることでも有名。金泉は、鉄イオンが含まれるお湯の総称で色は錆び色。銀泉は鉄イオンが含まれていないため色は透明ですが、同じ銀泉でもラドン泉や塩化物泉などの種類があり、異なる泉質が楽しめます。

有馬温泉・月光園の「八重の桜懐石」管理人が有馬温泉を訪れる際、良く宿泊しているのが「月光園」さん。こちらは有馬の源泉かけ流し温泉で、川添いの露天風呂や温泉風情あふれる大浴場を存分に楽しめるお宿です。

月光園の地に当時あったホテルで宣教師デイヴィスは静養をし、新島襄・八重夫妻もデイヴィスを訪問。彼らが見た景色は、今も月光園の跡地にほとんど変わらない姿で残っているのです。

現在は、テレビドラマ「八重の桜」放送記念として、所縁のある食材を使用した特別会席「八重の桜会席プラン」を楽しむことができます。襄・八重にちなんだお料理を楽しみながら、当時に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

「八重の桜懐石プラン」についてもっと詳しく

 
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